無題



「好きです! 付き合ってください!」

 目の前の少女は、必死の形相でそう言い放った。全身は震え、声もかすれていた。
 見た目地味な少女。そんな娘が告白をするということは、どれだけの勇気が必要なのだろうか。
 真剣な気持ちが存分に伝わってくる。はっきり言うと、自分の記憶の中に彼女の存在は無い。初めて見る顔だ。それを理由にこの告白を断ることは簡単だ。だが、しかし、彼女の本気、自分の状況。色々なことを考えるとすぐに答えを出すことは出来なかった。

「だめ……でしょうか?」

 まじまじとこちらを見やる少女。右手をぎゅっと握り締めて口元に持ってくる仕種や、涙目の上目遣い、微妙に震える体。

 すごいかわいいかも。

 まるでチワワのような彼女にころっと逝きそうになったところで、いかんいかんと自分を持ち直す。
 そうまずは話し合いからだ。俺は彼女のことを何一つ知らない。名前も、歳も、何もかも。

「君の名前は?」
「あ、はい! 自分の名はマキっていいます! よろしくおねがいしやーっす!」

 何故か体育会系に返された。気にしたら負けだと思った。

「なるほど。それでマキちゃん」
「きゃっ☆ 『マキちゃん』だなんて……。もういきなり亭主関白気取りかコノヤロウ!」

 バシバシ俺の肩を叩くマキ。

 ……うぜー。

 急にキャラ変わったなぁ。うざいうざい。
 とりあえず、さっきの俺の台詞のどこらへんに亭主関白を気取っている部分があるのか教えて欲しいものだ。
 が、そんなことを気にしていても埒が明かない。まず自分がこの場のイニシアチブをとらなければ……。

「あー、マキちゃん。肩叩くのやめてくれるかな? すごく痛いから」
「あ、私ったら何てことを! 死んでお詫びを!」
「死ななくていいからね。とりあえず俺の話を聞いてくれる? ていうか、聞けコラ」
「はーい」

 幼稚園児の相手をする保母さんはいつもこんな心境なんだろうな。

「それで、マキちゃん。君はなんでこんなことをしたのかな?」

 彼女は神妙な面持ちで語り始めた。

「はい。私、告白するの初めてなんです」

 ふむふむ。

「それで私、いろいろ考えたんです。絶対に成功する告白の仕方を。そしたら思いついたんですよ! 画期的な方法を!」

 ほうほう。それは興味深い。是非、俺にも教えて欲しいものだ。

「思いついた方法ってのは?」
「まず二人っきりっていうシチュエーションが大切だと思ったんですよー」

 確かに。他の誰かに聞かれたら恥ずかしいしな。

「そして、告白するなら場所も大事ですよね?」
「大事だね。ゲームでも伝説の樹の下だったりするしね」
「古いだろ、それ」
「なんか言った?」
「慣れない場所だと普通以上に緊張しそうだったんで、私が長年親しんだ所でするなら緊張も薄れるんじゃないかと思って、私の部屋でするのが一番だと思ったんです。すごい! 私天才!」

 そうかぁ。ここは君の部屋なのかぁ。

「それで、告白の場所に呼び出したとしても相手が応じなかったらその時点で終わりじゃないですか? だから絶対に来て貰うために原付で轢いてみました。テヘッ☆」
「『テヘッ☆』じゃねー! 犯罪だろ、コラァ!」
「まあまあ落ち着いて」
「落ち着けるか! どおりで全身痛いと思ったよ!」
「もう叫ばないで下さいよー。まだ話の途中なんですからー」

 聞きたくない……。
 俺は空を見上げた。涙がこぼれないように。でも見上げた空はとても青く澄んでいて、俺が忘れていた無邪気で幼かったあの頃を、どこかに置いてきてしまった大事なものを思い出させてくれているような気がした。俺は痛いほどに拳を握り締め、それを天高く、

「勝手にエンディングに入らないで下さい! まだ説明は続きますよ! 先に質問したのはそっちなんですから話は最後まで聞く!」
「やだよぅ! こわいよぅ!」
「それで告白の途中に逃げられたりしたらすごい悲しいですよね」
「そりゃ悲しいわぁ。それは号泣ものだわぁ。それ以上に俺は君が話を聞いてくれないのが悲しいわぁ」
「だから逃げられないようにと思って手足の自由を奪えばいいんだってことに気付いたんです!」

 なるほど。だから、俺の手足は縄で縛られているのかぁ。

「って、それも犯罪だろ! 前科二犯だぞ!」
「好きです! 付き合ってください!」
「話聞けよ!」




つづく