掃除屋博麗霊夢
東の国の辺境の辺境。幻想郷と呼ばれるそこに、ひっそりと佇む神社があった。そこは博麗神社と呼ばれ、親しまれているようないなような。呼ぶ人も余りいないため、博麗神社であっているのかも怪しいところである。特徴と言えば、あまりに辺境過ぎて参拝者は皆無。その代わりと言っていいものか、来るものと言えば魔法使いっぽい人とか、その他人外。まともな人間はゼロ。
そんなところなのでお賽銭を投げ入れる人もおらず、収入はゼロ。どうやって暮らしているのか分からないが、どうにかこうにか暮らしている博麗神社のマスコット。巫女っぽい巫女さん、博麗霊夢は今日も暇を持て余していた。たまにお出かけをして、本人にあまり自覚は無いが、面倒ごとをなんとなく解決する以外ここではそれほどすることは無かった。しかも、ここ最近は人間はおろか人外さえ訪れない。遊びに行くのもだるく、神社で一人誰か来るのを待っていたが誰も来る気配は無い。暇で暇でしょうがなかった。
「ひまー」
虚空を見上げ、誰に語るわけでもない独り言をぼやいているとなんだか悶々としてきたらしい。流石にのんびり屋さんの彼女も、ここまで一人きりでいると何かをしようと思うようだ。その何かのうちの一つとしてでやってみた一人オセロも、白の圧勝という形で幕を下ろした。一回で飽きた。
「しょうがない。掃除でもするか」
彼女にとって、掃除はしょうがなく暇つぶしでするものらしい。ものぐさもいいところである。
「綺麗にすれば誰か寄って来るでしょ。しっかし、掃除なんて何時ぶりだろうなぁ。……あれ?」
既に忘却の彼方にあるほど掃除をしていないらしい。神社の庭だけ見ても枯葉を掃いた形跡は皆無と言ってもいい。鳥居も心なしか黒ずんでいる。これでは参拝者がもの凄く少ないことも頷ける。
まず手始めに、庭の掃き掃除をしようと考えた霊夢。しかし、一つ問題が生じた。
「まあいいや。掃除道具取ってこよっと。……あれ? 掃除用具ってどこにあんの?」
もしかしたら、ここ最近の暇な時間が彼女の脳を溶かしたか、腐らせたかしたのかもしれない。しかし、それは彼女が悪いわけではなく、時間の流れが悪いのだ。そう思ってあげよう。
「でも、箒ってここ最近も見たことある気がするのよね。ん〜、どこでだろう?」
独り言が多いのは独りで居る時間が長かったからだと思ってください。
最近見た気がする箒の存在を、頭を傾けたり、枝で地面に落書きしたり、軽く浮いてみたりしながら考える。
「ん? ん〜? んんんんん?」
軽く浮いてみたら、何かがピンと来たようで、もう少しだけ浮いてみることにした。
「おっ? ん〜、もうちょい」
もう少しだけ浮いてみたら、更に海馬がキュンキュン刺激される感覚を覚える。もう少しで思い出せそうな、でも思い出せない。出そうで出ないような、そんな残尿管のようなものが霊夢の体を支配する。
こうなったら、すごく浮いてみよう。
そう考えてかなりの上空まで飛んでみることにした。
「あー、ん〜、むむむ……」
博麗神社のはるか上空にふわふわ浮かぶ巫女さんが一人。
ここにあったんじゃなくて、誰かが持っていたような……。そうだ。誰かが股に挟んでいた気がする。箒を股に挟んでどうする。……いやーん。じゃなくて、箒に跨ってたのよ。それで飛んでたのよ。箒で飛ぶと言えば……。
「そうよ! そんなの決まってるじゃない! 魔女よ! 宅急便よ! 思い出した。魔理沙だ。魔理沙が箒を股に挟んで飛んでたのよ!」
雲の上で一人はしゃいでいる霊夢。地上から見れば、馬鹿でかい鳥が飛んでみたはいいが自分の体重を支えられず落ちそうなのを、ピーチクパーチク羽をバタつかせて無理矢理こらえているようにも見えなくもない。やけに不恰好なのが印象的だ。
「よし、魔理沙のところに突貫よ」
思い立ったが吉日。今まで外に出るのがだるかったのが嘘のように、これ以上ないスピードを出して飛んでいく霊夢。一発免停覚悟の速度で飛ぶ霊夢が目指すは勿論霧雨邸である。光る雲をつき抜けフライアウェイ、体中に広がるパノラマ。気分は正にスパーキンな状態の霊夢が目的地に着くには、それほど時間はかからなかった。
○
そして、ここは魔法の森の霧雨邸。家主、霧雨魔理沙は普通に昼食の支度をしていた。
「今日の昼飯は焼き鮭と味噌汁とご飯だぜ」
最近の幻想郷では、独り言が流行っているようだ。
お茶を注ぎ、あとはいただきますをするだけ。準備は万端。無駄に質素な料理だが、匂いだけは一人前だと自己主張をしていた。魔理沙が手を合わせ、今正に食べる前に言うと少しご飯がおいしく感じることが出来るようになる魔法の言葉を唱え始めた時だった。
「いただ……ん?」
コンコンと家の扉をノックする音がした。こんな時間――といっても昼だが――に家を訪ねる奴なんていただろうか? と魔理沙は首を傾げたが、ここは居留守を使うことにした。今は謎の訪問者よりも昼飯のほうが大事だ。ノック無視し、手を合わせていただきます小声で呟き箸を取る。左手には茶碗。右手に持つ箸で鮭の身をほぐし摘んで口へと運ぶ。
ふむ、我ながら絶妙な塩加減。内心、流石私だぜ、と自作の料理を絶賛しながらご飯をもそもそと口に流し込む。まだノックは続いていたが、それでも無視して食事を続ける。
次は味噌汁。今日の味噌汁はいつもと趣向を変えて、あわせ味噌にしてみたがどうだろう。恐る恐る口をすぼめお椀に近づけたその時。
「神霊『夢想封印』」
外から聞こえたその声とともに爆発音がしたと思えば、我が家の扉がぶっ飛んでるじゃないか。いや、扉だけじゃなく自分もぶっ飛んでいる。そう気付いた時には意識が朦朧とし始めていた。味噌汁の入ったお椀を持っていたことを思い出し、太ももに熱を感じたのでこぼしてしまったのだろうかと思う。熱いし、もったいないし、スカート汚れるし、扉ぶっ飛んでるし、まだ味噌汁は口もつけていないし、久しぶりにちょっと泣きそうになった魔理沙だった。
「誰もいないのー?」
そんな半泣きで失神寸前の魔理沙を無視して、何も考えてなさそうな能天気ボイスが霧雨邸に響き渡る。
「あ、なんだ、いるじゃない。ちょっと貸して欲しいものがあるんだけど……。って、なんで床に寝てるの?」
「て………せ…だ」
てめぇのせいだ。
その言葉もまともにだせない自分が悲しい。
「え? なに?」
こいつはいつか本当にぶっ殺す。
そう決心し、魔理沙は意識を闇の中へと沈めていく。
「ま、魔理沙? 魔理沙ぁー! ねえ、目を開けてよ! ぐすん……惜しい奴をなくしたわ」
誰のせいだ。
最後のツッコミを終え、遂にブラックアウトする視界。カクン。
「魔理沙、あんたの形見として箒をもらっていくわ。これがある限り、私はあんたのことを忘れない。……あ、ご飯みっけ。そういえば、まだ昼食をとっていなかったわ。これも形見として私の胃袋にいれておくわ、もぐもぐ。そして私の血となり肉となり、もぐもぐ、永遠に、もぐもぐ、あら、おいしいじゃない。ずずず……あわせ味噌ね」
盗人猛々しい。
○
遂に念願の箒を手に入れた霊夢。ついでに腹ごしらえも完了で万々歳。博麗神社に戻ると早速庭を掃いてみることにした。意気揚々と笑顔で庭を掃きまくる巫女さん。親の敵のように地面を覆い尽くす葉っぱをなぎ払う紅白。傍から見たら頭がちょっとおかしい人だ。
粗方、枯葉を掃き終えた霊夢は休憩を取ることにした。魔理沙の形見として譲り受けた箒を小脇に置き、賽銭箱の前に腰を落ち着け何処からかいつのまにか出してきたお茶を啜り、ホッと一息つく。
「ずずず、はぁ。この箒、使いにくい」
強奪しておいて、使いにくいと文句を言う霊夢。これでは、天に召された魔理沙も浮かばれない。
「よし、中庭の掃除終了!」
白玉楼の庭師から見れば、まだまだ掃除すべき箇所は何百とあったが、随分長いこと掃除してないことを考えるとこれでも十分綺麗になったとも思える。ていうか、休憩じゃなかったのか?
「次はどこを掃除しようかな?」
つづく
え? 続くんだ……