キョウは何日?


「さむ……」

 2月も半ば。暦の上ではもうすぐ春だと言うのに、まだまだ寒さは厳しい。
 制服の上にコートを羽織り、更にマフラーを首に巻いて歩く。これでもまだ寒い。
 天気は晴れ。雲ひとつ無い晴天。冬は曇り空のほうが暖かいと聞いたことがある。降り注ぐ太陽の光が、少しだけ俺の体温を上げてくれた気がした。気のせいだな。
 いつも通り、遅刻して学校へと行く。2時間目には間に合いそうだ。自分にしては、割かし早いほうだと思う。
 就職も決まり、卒業もヘマさえしなければ大丈夫と言う状況になった。今の時期3年生は自主登校になっている。しかし、俺は今日も登校している。どうも出席日数がピンチらしい。
 そりゃあれだけ遅刻してれば当然だわな。教師連中も「とりあえず遅刻してもいいから学校に来い。そしたら卒業させてやる」と言ってくれた。
 まあ、そんな訳でいつも通り誰も居ない通学路を、いつも通り欠伸を噛み殺しながら、ポケットに手を突っ込み歩いていた。
 平和だ。
 そんな言葉が頭に浮かんだ。寒いが世界は平和だ。例え世界のどこかで戦争が起こっていても俺には関係ない。俺の周りさえ平穏ならなばなんでもいい。誰だってそう思ってるだろう。
 罰当たりなことを考えていたせいか、本当に罰が当たった。
 ぺぺぺぺぺ、という音がしたと思ったら、次の瞬間には腰に受けた衝撃と共に地面に倒れ伏している俺。
 ああ、腰が痛いなあ。罰っていうよりも、原付が当たっちゃったな。もう、怒鳴る元気もないや。このまま眠りつけば楽になるかもしれない。そうだな、楽になろう。ごめん、パトラッシュ。僕、もう眠いよ……。

「えへ、ごめんね朋也」
「パトラッシュ〜。見て、天使だよ。天使って本当に服着てないんだね。おやすみ」
「え? ちょっと朋也! 大丈夫!? うわ、どうしよう。本格的に……」
「あ、クララが立った」
「……あ、コンビニ行かなきゃ」
「おいこら、何逃げようとしてんだ。保健室連れて行くぐらいしろや。その原付の後ろに俺を乗せて学校まで連れてけ。じゃないと死ぬぞこら。そんでもって、化けて出るぞ。呪うぞ。いいのか? あん?」

 地面に仰向けになって凄んでみたが、全く怖くないな。傍から見たらただのマヌケだ。

「急に元気になったわね」
「気のせいだ」
「そうかしら?」
「じゃあ、気の迷いだ」
「もっと違うような気がする」
「じゃあ……」
「もういいわよ」
「あ、そう」
「このまま転がしておくのも面白そうだけど、呪われるの嫌だし学校まで連れてってあげる」
「サンキュ」
「お礼はいいから、さっさと後ろに乗って」
「OK」

 よっこらせと、腹筋を鍛える要領で起き上がる。腰を擦りつつ原付のシートに跨る。しっかり掴まってというので、お言葉に甘え腰の辺りを抱きしめる。
 柔らかい。いい匂い。やっぱり杏でも女の子なんだなと思った。杏には悪いが今まで男かと疑ったことは数知れず。たまに男として接したことは内緒だ。言ったら殺される。


 原付は、もっと速く移動したいという人間の思いにより発明されたものだ。例え二人乗りしていつもよりもスピードが出なかろうが、歩いて登校するよりも速い。そういう訳で、十分の一は時間を短縮できたと思われる。しかも、体力使かわねえ。卒業したらまず、原付の免許を取ろう。金貯めなきゃな。
 学校の近くまで乗せてくれた杏。別れの挨拶を「じゃ」の一言で済ませようと思ったら引き止められた。

「何だ?」
「何だ? じゃないわよ。あんた今日が何の日か分かってないの?」
「分からん。そもそも日にちの感覚なんてとっくに無くなっている。今日が何曜日かさえ分からないレベルだ」

 俺の言葉を聞き、信じられないと口をぽかんと開けて唖然とする杏。アホ面だ。口閉めろ。虫入るぞ。

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、ここまで馬鹿だとは思ってなかったわ。馬鹿ね」
「なんだよ。悪口言うために引き止めたのなら、俺は行くからな」
「あ、ちょっと待って」
「はあ、さっさと用件言えよ。俺だって忙しい身なんだからな」

 主に補習で。

「もう、ムードも何も無いわね。まあいいや。朋也にそんなもの求めてもダメなことは知ってるし」
「馬鹿にされている気がするのは、やっぱり俺の気のせいか?」
「気のせいじゃないわよ」
「ふてぶてしいな、おい」
「これ、あげる」

 渡されたものは、綺麗に包装され、リボンがちょこんと可愛らしく結んである、赤い小さな箱だった。

「何これ?」
「開けてからのお楽しみ」
「はあ?」
「今日が何日か考えたらよく分かると思うわ」
「だから、何日かわかんねーっつーの」
「まあ、そういうことだから」
「おーい、人の話聞けよ」
「ちなみに手作りね」
「なんの?」
「じゃあね」
「あ、送ってくれてありがとな」
「別にいいわよ。それ渡すために轢いたんだし」
「すごいこと、さらっと言うな」
「それじゃね」

 原付に跨り左手をひらひらさせながら、去っていく杏。いや、片手運転は危ないからな。事故るなよ。
 ポツンとその場に残された俺と、その俺の手のひらにちょこんとのっかている小さな箱。……爆弾か? 
 ありえないことだと思いながら、耳を当ててみる。時計の針の音はしなかった。どうやら時限式ではないらしい。開けたら爆発するとかか? 
 ドキドキしつつ、綺麗にラッピングされた箱を丁寧に剥いていく。ここまでしっかりと包装されていたら、なんとなく破くのがもったいない。奮闘の末、残り箱を開くだけというところまでになった。気を引き締め一気に箱を開ける。
 中には黒い小さなハート型の物体が数個。小型爆弾かと思ったが、違うようだ。
 ふむ。……チョコか。それにココアパウダーがふりかけられていて中々にうまそうだ。一口つまんでみる。予想通りうまい。外はカリっとしているが中はふわふわとろーり。甘すぎず、少しある苦味がチョコレートのくどさを緩和してくれる。口の中でとろけるというのは、まさしくこういうことだろう。チョコなら当たり前か。


 まあ、2月だってことぐらいは俺も分かる。それも半ばだってことは。冒頭で言ってたしな。2月中旬にチョコということは、つまりそういうことだ。いくら馬鹿な俺でも分かる。
 そんな日にハート型のチョコをくれたってことは、杏さん、まさか俺に惚れている?
 うーん……どうなんだろう?
 とにかく分かったことは、今日は2月14日だってことだ。……たぶん。