ありがちKANON


 冬の雪国。その朝は最悪だ。寒い。寒い。寒すぎる。起きた瞬間に人生のリセットボタンを押したくなる。そんな場所に住むようになってもうすぐ半年が経とうとしている。
 雪が解けて河になったりして山をくだったあげく谷を走る。野を横切り畑を潤しまくり呼びかけるよ私にホイ。みたいな感じでもうすぐ夏だ。
 残念なことに、冬があんだけ寒いんだから夏はさぞ涼しかろうという淡い期待は、桜の花びらと共に儚く散り、バッチリ現在気温は二十四度を記録している。昔の記憶を掘り下げてみれば、確かに夏は暑かったっけ。しかも無駄に湿気が多かった気がする。梅雨入り時には開封して三十分もしないポテチがしけったなぁ……。名雪にそれを押し付けた、否、あげたんだよなぁ。懐かしい思い出だ。
 悠々と通学路を歩きながら、そんな風にノスタルジーに浸っている。周りに人影は無い。
 毎日の日課になってしまった早朝マラソン。出来ることならば、俺は歩いて登校したいと願っていた。俺はあんなスリリングな朝は大嫌いだ。考えるまでも無く、走らないと遅刻という状況に陥る原因は名雪だ。100%あの寝ぼすけ姫のせいだ。
 という訳で、そのファクターを取り除いてみた。
 名雪を無視しての登校。
 嗚呼、なんという清々しさ。朝の空気はこんなにもうまかったのか。最高だ。最高だよ。もう一生名雪起こさない。俺は自由だ。
 軽くスキップしていると、見慣れた校舎が現れた。
 もう学校に着いてしまったようだ。
 不思議な気持ちになった。違和感を感じる自分がいる。ゆったりとした登校をもっと味わいたいと思う自分がいる。だが、これからは毎日これが出来るんだ。いつか慣れる日が来るだろう。
 ふっ、と溜息だかなんだか分からないものが口から漏れた。


 しっかし登校する生徒がいないなぁ。もう学校も目の前だというのに俺以外いない。

「あ……」

 いつもよりも早く出たのはいいが、早すぎたようだ。
 校門が開いていない。


 そういえばと、まだ『めざまし』さえ始まってなかったことを思い出した。
 早朝から校門の前で呆然と立ち尽くす馬鹿が一人いた。