消えないアレ



 私には悩みがある。それは誰にも言えないこと。親にも言っていない。

「はあ」

 お風呂に浸かりながらお尻を擦る。
 私ももう中学二年生。胸だってそれなりに膨らんできた、というより結構大きいし、腰にくびれも出てきた。その、生理だって小六の時に来た。全体的に丸みを帯びた大人の女性の体になってきている。色んな受け入れ態勢はバッチリだ。知識だって保健体育以上のことを友達と一緒にチラ見したエッチな本で知っている。なのに、なんでだろう?
 湯船から出て、後ろを向いて鏡に映し出されたお尻を眺める。
 何故、私の蒙古斑は消えないの?


 *


 風呂から上がって、憂鬱な気分の中タオルで濡れた体を拭く。
 昔のような骨ばった体ではなく、理想的に肉が付いた実は自慢のプロポーション。よく友達にはスタイルよくて羨ましいと言われる。男の子からのエッチな視線だって実は感じてる。それくらい、中学生としては発育した肢体を持っている。
 体を拭き終わり、ショーツを手に取る。私は寝るときはブラジャーをしない。形が崩れると言う人もいるが、私の場合、また自慢になるが未だに日々成長している。だから、しながら寝ると苦しくて起きてしまう。
 おっぱいはもう大きくならなくてもいい。これでも十分大きいから。今でさえ重くて肩が凝るし、走る時は揺れて邪魔だ。それよりも、このお尻の青色の斑紋を消して欲しい。
 神様は意地悪だ。これじゃあ、もし好きな子が出来たって恥ずかしくて抱かれることが出来ない。男の子は皆エッチな生き物だから、私の体を見たらきっと我慢出来なくなっちゃうよ。
 はあ、と溜息を吐く。悩んでもしょうがない。今度病院に行ってみようかな? でも、何科に行けばいいんだろう? 肛門科? それとも小児科? どっちも違う気がする。調べてみよう。あー、でも、恥ずかしいー。

「はっくしゅん」

 少し裸でいすぎたようだ。さっさと着替えて今日はもう寝よう。そう思ったときだった。

――ガチャ

 浴室の扉が開いた。開けたのは弟の裕太だった。
 あーっ! 鍵を閉めるのを忘れてた!

「あ、ごめん」

――ガチャ

 一言、そう言って何事も無かったかのように扉を閉める裕太。
 呆然と立ち尽くす私。頭が混乱している。うん、何が起きたのか整理しよう。
 私の今の格好は? 全裸だ。鍵は? 開いてた。ドアを開けたのは? 裕太。見られた? たぶん……。

「あ、あ、あ、いやあああああああああああああああああああ!!」


 *


 あの後、ものすごいスピードで着替えを済ませ、我が家新記録を樹立するほどの速さで階段を駆け上り目指すは裕太の部屋。

「裕太っ!」

 勢いよく扉を開け、裕太に詰め寄る。

「あ、姉ちゃん」
「あ、姉ちゃん、じゃない! あんた見た? 見たのね? 見たでしょ! 分かった。あんたを殺して私も死ぬ。それで許して頂戴」
「うわぁ! 落ち着けよ! 見てないって。俺、姉ちゃんの蒙古斑なんて見てないよ?」
「やっぱり見られてるー! わーん! もうお嫁に行けないよー!」

 親にも言ってない秘密を、生意気な弟の裕太なんかに見られてしまった。
 その場で膝と両手を付き、四つん這いで悲しみにくれる私。これからどうすればいい? 死ぬしかないですか? そうですね。お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さい。

「わー、姉ちゃん、ここから飛び降りても死ねないって! 骨折って痛いだけだよ!」
「うるさい! 離せ! こんな生き恥を晒すくらいなら私は死を選ぶ!」
「だー! 死んだら、ホラ、あの、検死とかで知らないおっさんとかに見られるよ! 恥ずかしいって!」
「それは盲点だった! 死ぬのやめ!」

 とりあえず、死ぬのはやめた。考えてみれば、このアホな弟のために私が死ぬこともなかった。

「だから、裕太。あんたが死んで」
「ふう。って、えーっ! 俺死ぬの?」
「うん。それで全部解決。無問題」
「やだよ! 蒙古斑見たぐらいで死ぬなんて!」
「バカ! やっぱりあんたはバカよ! 私の蒙古斑は謂わば北斗七星の横でキラリと光る赤い星みたいなものなのよ」
死兆星!?」
「そう、あんたは見てしまった。ごめんね。お姉ちゃんがこんな死の運命を背負っていて」
「ちょ、深刻な顔しないでよ! 本当に死ななきゃダメみたいな空気作るな」
「もう、死ぬのに何が不満なの? あんたももう小六じゃない。十分人生楽しんだでしょ?」
「人生これからでしょ! 童貞のままで死ねるか!」
「あんたの未練てどうしようもないのね。ていうか、よく童貞なんて言葉知ってるね」
「ふん、当たり前だ。姉ちゃんこそ、童貞なんて言葉知ってるなんてエロイな」
「な、このマセガキ!」
「うっさい、巨乳淫乱蒙古斑!」

 ザックリという音が、心の方から聞こえてきた。裕太の無慈悲な言葉のナイフが私のナイーブなハートを切り刻んだ。もう、立ち直れないよ。 

「やっぱり私が死ぬ。カッターをお貸し!」
「やめなって。リストカットってかなり痛いらしいよ」
「そんな、じゃあ、どうしたらいいのよー! こんな体で、好きな子が出来たって抱かれることの出来ない忌まわしき体で、どう生きていけって言うの?」
「あのさ……」
「何よ!」
蒙古斑って人にお尻揉んで貰うと消えるって何かの本で見た覚えがあるんだ」
「本当!? でも、揉んでくれる人なんていないし、そもそもお尻揉まれるなんて恥ずかしいよ」
「俺がいるじゃん」
「は?」

 なんか裕太の方で変なスイッチが入ったようだ。

「俺はもう姉ちゃんの蒙古斑を知ってる」
「まあね」
「それに姉弟だ。なら、もうこれ以上恥ずかしいことはないんじゃない?」
「まあ、そりゃあ」
「じゃあ、姉ちゃん、ベッドに横になってよ。俺がお尻を揉んでやるから」
「あ、うん」

 言われるがままにベッドに横になる。裕太の部屋なので、裕太のベッドの上だ。裕太の布団から男の子の匂いがして、ちょっとドキッとしたのは内緒。
 それから、うつ伏せになった私の腰の辺りに裕太が乗る。重い。ついこの間まで手に平に乗りそうなほど小さかった裕太が、今じゃこんなに大きくなって。男の子は成長が早いな。

 モミモミモミモミ

「あっ」
「ごめん、痛かった? ハアハア」
「ううん。違う。突然だったから驚いただけ」
「じゃあ、続けるよ。ハアハア」
「うん。どうでもいいけどあんた息荒くない?」
「姉ちゃんの尻……。え? あ、そんなことないんじゃない? あははー」
「そう?」

 モミモミモミモミ

「あのさ。ハアハア」
「ん?」
「俺知ってるんだ。姉ちゃんと俺、血が繋がってないって。ハアハア」
「まあ、お父さんもお母さんも二人ともバツイチだからね」

 とってつけたような設定だが、実は義理の姉弟です。

「姉ちゃんって付き合ってる人っているの? ハアハア」
「いないよー」
「ふーん。ウッ」

 モミモミモミモミ

「あのさ。ハアハア、ふう」
「んー?」
「俺、姉ちゃんのことずっと好きだった」
「私も好きよ」

 モミモ

「え? マジ?」
「ちょとー、手を休めないでよー」
「ご、ごめん」

 モミモミモミモミ

「じゃあ、俺の彼女になってよ」
「まあ、考えてあげてもいいかな」
「本当?」
「本当、本当」
「とりあえずー、私の蒙古斑消えるまではお預けよー」
「うん! 頑張って揉んで、俺が姉ちゃんの蒙古斑を消してやるよ!」

 モミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミ

「あんっ。ちょっとー、もっと優しくしてよー」
「ご、ごめん」

 後日、蒙古斑が尻揉んで消えるのはガセとガセビアでやっていたのを見たが、それからも毎日裕太にお尻を揉まれる日々を続けていた。
 だって、ちょっと……気持ちいいから。




○あとがき
もう、ネタがない。