もみじハンター風子


 山がその頬を紅く染め始めてた気がする。あんなに五月蠅かった蝉の鳴き声も、今では恋しく感じるほどっぽい。耳を澄ませば聞こえてくる、鈴虫の羽音かな? それが少しずつ近づいてくる秋の足音のように聞こえた時もあったような無かったような。夜になると、ふと肌寒さを感じる、ていうか寒いよな最近。昼間の暑さなど微塵も思わせない、ていうか昼間もそんなに暑くないよな。
 もうすぐ秋。つーか、もう秋。秋と言えば、食欲の秋、読書の秋、ほしのあき
 とにかく秋なのである。過ごしやすい季節になったなぁ。
 しかし、そんな俺の平和な気分など、ものの見事に蹴散らされてしまうらしい。
 伊吹風子。こいつと付き合……てんのか? とにかくつるむようになってから、俺は何かと振り回されていた。

「岡崎さん、紅葉狩りに行きましょうっ」

 そんな訳で、今日も俺は風子の思いつきにつき合わされるのであった、はぁ。






 冒頭の場面から約2時間後の今、俺達はばっちり紅葉鮮やかな山の中を散策していた。
 見上げてみれば、紅く染まった木々の葉がずらり。地面にも枯れて落ちた葉っぱがびっしり。うざったいほどの秋っぷり。
 学校の裏にこんな好い場所があったとは知らなかった。公子さんのおすすめ紅葉狩りスポットらしいが、そんなことしなくても十分秋を堪能できる。なんだか一句出来そうだ。先人達の俳句を作る心を少しだけ理解できた気がする。美しいものを美しい言葉で表現したい。その気持ちが今なら分からんでもない。しかし、だ。

「岡崎さん、岡崎さん。ヒトデはどこですか?」

 忙しなく動き、全く情緒を解そうとしない輩がここに一匹。山にヒトデなんかいねえよ。

「……ガキ」
「何か言いましたか?」
「なんにも」
「今は岡崎さんに構っている時間はありません。山の鬼ヒトデこと紅葉を狩りにきたのです。さあ、隠れてないで風子の胸に飛び込んできてもいんですよ」
「いや、隠れてないからな。ちゃんと見ろよ。ほら」

 山の鬼ヒトデあたりはスルーして風子の前方を指差す。いちいち付き合っていたら疲れるのは俺なんだから。そして、俺が示した先にはばっちり真赤な紅葉の木が立っていた。頼むから目の前にあるものくらい気づけ。

「……まさかっ! 隠してましてねっ。風子が見つけれないはずないです。すなわち岡崎さんの陰謀によるものに決まっています。最悪ですっ」

 一度こいつの頭の中を解剖して覗いてみたい。どうしてここまで自分本位の考え方が出来るんだろうか。いつもいつも最悪なのは俺。たまにプチとかそこはかとなくとかを修飾語としてつけてくれるが、だからといって最悪なのは変わりない。俺の心は風子の言葉のナイフによって傷だらけになっていると思う。一度そっちも覗いてみたい。そして、傷を癒してあげたい。ごめんなマイハート。

「とにかく紅葉は見つけたんだ。思う存分狩りまくるがいい」
「当然です。風子と友達になりたそうな顔をしている、このヒトデ型紅葉達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ」
「ちぎって投げるような相手とは友達にはなりたくないと思うぞ」
「岡崎さんは何も分かっていません。本当に脳みそが空っぽな人ですね。そんな岡崎さんに、風子が友情成立のメカニズムを親切丁寧に説明してあげましょう」

 正直、全然聞きたくない。口に出して言うと怒るだろうから、こんな時はらぶてれぱすぃーを駆使してご遠慮いただこう。
 興味ない、興味ない、興味ない、興味ない。

「つまりですね、」

 はい、通じませんでした。俺の愛を無視して風子は続けた。

「本気の思いのぶつかり合いこそが真に互いの理解を深める方法なのです。自らの拳で語り合った不良(オトコ)達は、そのいずれも多分にもれず宿敵(ダチ)になっていったものです」

 頷きながら語る風子。そんな80年代の青春ドラマの如き理論なんぞ、このIT革命を起こした情報化社会の21世紀世界では通じないことを俺は知っている。春原がいつも本気の拳で一方的に語られているのに、本人は語られる内容を全く理解せず、懲りずに同じことを繰り返している現状を見ろ。これは春原がアホなだけかもしれないが。ていうか、春原はアホだ。だからどうした、と思うがアホだという事実だけは揺ぎ無い。関係ない話だがな。
 と、心の中で思うものの、口に出したら厄介ごとが巻き起こりそうなのでやめておく。風子と殴り合いとかになったら俺が勝てるわけ無いのだから。何故かって? 俺は女には手を挙げない主義なんだ。紳士だからな。いくら女っぽくないとはいえ、性別上は風子も女に分類される。しかも、言いたくはないが、正直言ってかわいい。いや、なんでもない。今のなし。かわいくない。かわいいっぽいにしておく。
 しかし、こんな間違った知識を持ったまま生きていっては、いつか仲良くなりたいという理由で人に襲い掛かるかもしれないので、やっぱり多少は言ってやることにした。それも特別やんわりと。赤子をあやすかのように。

「アホ。そんなことで友情がうまれたら世の中から戦争は綺麗さっぱり消えるだろうが」

 ごめん、無理だった。しかし、風子はこの言葉を待ち望んでいたかのような速さで更なる答えを返した。

「それは武器を持っているからです。素手こそ喧嘩の醍醐味。素手だと相手に攻撃することで自分も大なり小なりダメージを受けてしまいます。この痛みによる……「殴っている俺だって痛いんだぜ?」的な涙。最後は相打ちで引き分け。これこそ真の友情を育む方法だと思いませんか?」

 俺に聞くな。まあ、しかしだ。そんなようなことが実際起きれば俺も真の友情に目覚めることもあるかもしれないような気がしないでもないという思いが、ミドリムシ生えてるよう分からん毛くらいはしないでもない。ぶっちゃけしない。
 黙っている俺の行動を肯定とったのか、風子は満足した様子で紅葉を眺めていた。黙って木を見上げる風子。
 こうして喋んなければこいつも普通にかわいいやつだとは思うんだがな。口を開けば謎の自分理論を展開する。ついてけるやつは少数派なのだ。それでも俺はこうして風子と付き合……てんのか? よく分かんねぇや。まあ、それでもつるんでいるんだ。風子は頭のネジが5つぐらい飛んでいるが一緒にいて飽きない。次何をしだすか分からないが、そのハラハラドキドキがいいと俺は感じているのかもしれない。ああ、俺ってMなのかも。そうじゃなけりゃ、今頃ストレスで禿げてるわ。

「何笑ってるんですか?」

 自分でも無意識のうちに出た笑い。それを風子は見たようだ。

「突然笑い出したりしてキモイですよ」
「キモイ言うな」
「分かりました。風子に見とれていたのですねっ。風子の大人っぽさにコロっといってしまったのですねっ。その気持ちは分かります。いつもなら見物料を取るところですが、次回からに負けてあげることにします。次からは覚悟してくださいね。高いですよ」
「いくらなんだ?」

 払うつもりはないが、なんとなく聞いてみた。

「5億?」
「高っ」
「1分でです」
「お前バカだろう」

 知ってたけど。

「風子、すごく罪な女です」

 勝手に言ってろ。
 そんなやりとりをしていると、唐突に風が吹いた。風子の前髪がその風になびく。地面に落ちていた葉はふわりと舞い上がり、木に掴まっていた紅葉もひらひらと落ちてきた。前髪を押さえ、その木の葉のダンスの中に佇む風子。一瞬垣間見たその光景はなんだかとても幻想的なもの見えた。またまた風子なんかに見とれちまった。しかし、ほんの一瞬だ。だって次の瞬間には、その見とれていた相手が嫌に幸せそうな顔をしているんだから。そりゃ興もそがれるさ。そういえば、空飛ぶヒトデはありらしい。なしだろう。

 むかつくほどのハッピーな自分の世界にその意識を飛ばした風子には何をしても許される、と思う。どんな悪戯しようともこいつはなかなか気付かない。俺は何度も注意したし、ぼーっとしていたらどうなるかもその身を持って教えてきた。しかし、未だにヒトデっぽいものをみるとすぐにあっちの世界にいっちまう。このほわほわした顔を見るとふつふつと俺の中である感情がせり上がってくる。いつも我慢しよう、我慢しようと思うけども結局負けてしまう。自分を抑えきれなくなる。でも、悪いのはお前なんだ。すぐぼーっとするお前が悪い。危なっかしくて見てられやしない。
 やれやれ、しょうがないやつだ。
 こんなことを心の中で言い訳しながら、不思議と俺の心は躍っていた。いつからかな? こいつにちょっかいかけるのが楽しくなっていたのは。最初からかもしれないし、最近かもしれない。鼻からジュースを飲ませてみたことも、いい思い出だ。
 悪いな、風子。

「大好きだからな」

 今では、悪戯をする前にこれを言うのが習慣になっている。これで少しは罪悪感を取っ払えるかなとか思ってたり。実際そんな効果は皆無だ。こんなこと、お互い正気の状態で言えるわけないし。言ったらそれこそ正気を失うね。つまり今正気じゃないってこと。
 キュポンッとその場にマヌケな音が鳴る。俺の手にはマジックが握られていた。しかも油性。何故か紅葉狩りに油性マジックを持ってくる俺。備えあれば憂いなしというではないか。もしかしたら油性マジックが必要な事態に陥るかもしれないじゃないか。今の状況のように。
 分かってくれよな。


 この時間は俺にとって一番大切なものなんだから。
 

 そう思いながらも、俺の手が少しずつ風子に近づいていっていた。