続き物2

 うるさく響いていた運動部どもの不協和音も小さくなり、日もいい感じに暮れだして、もう帰宅部なんてとっくの昔に帰っててもおかしくないだろう時間になっても、帰宅部次期主将を自負する俺は学校の、しかも裏庭という生徒がほとんど立ち寄らない、オシャレな言葉で言えば穴場スポット、と言われているかどうかは定かではないが、そんな場所で一人ひっそりと教師に言いつけられたミッションをこなしていた。
 紫色の太陽も見えず、四六時中日陰のこの場所は、せいぜい愛の告白云々の情事か、この学校では数少ない絶滅に瀕した保護種に認定されつつある不良どもが教師に隠れていけないことをする以外には活用のしようがないだろう。
 さて、そんな場所で一所懸命に汗水たらして草むしりをしていている俺は一体何なんだろう? という疑問が軽く頭を掠めたが、それを気にしだしたら負けだと思い、俺は一心不乱に親の敵のように草たちをむしりまくっていた。何に負けるかは気にするな。きっとこんな世の中にした大人たちとかそういうのにだ。多分。
 このミッションのクリア条件は、袋いっぱいの草である。その袋というのが、一般家庭もご愛用のゴミ袋様であり、これを一人でいっぱいにするのは案外大変なことなのだ。草むしり一級の資格を持つ俺ですら、二時間掛けてやっとこさ袋の五分の四ほど埋めたあたりだ。あ、もうすぐじゃん。
 しかし、裏庭というのが厳しかったな。草むしりを言い渡された俺だが、日も僅かにしか当たらない裏庭。草自体あんま無い。
 例外で一本だけ大きな木が生えている。よくこんな場所でこんなに育ったなと思える桜の木だ。もう花は僅かにしか残っていない。他の桜に比べ、この木だけは妙に早く咲き始め、すぐに散ってしまう。そして、少しだけ花びらが紅い。その咲いてる時間が短い分、美しさも一入だ。その儚さに日本人ならばワビサビの精神を感じずにはいられないはずだろう。
 なんとなく桜の木に近づく。木の周りには、不思議と雑草が生えていなかった。それを見てもういいかな、と思う。
 まあ、こんだけ裏庭を綺麗にしたら、教師たちも喜んで俺をこの苦行から解放してくれるだろう。
 軍手を両手から外して、桜の木にもたれかかり暫しの休息を味わう。疲れからか、少し眠い。最近はやたらに眠くなる。下手したらこれは病気の域に達しているんじゃないかと思えるほどだ。
 重くなった瞼に逆らわず、半目を開け夜一歩手前の薄暗い空を見上げる。鴉が二匹飛んでいた。その黒が、妙にはっきりと見えて不気味に思えた。


――は……は


「……?」

 声がした気がした。鴉の鳴き声だろうか? それにしては……。
 変な感じがする。嫌な、気味の悪い、腹の中に油物が溢れかえったような……少しだけ吐きそうだ。
 早く帰ろう。
 そう思い立ち上がった瞬間、眩暈がした。最初は立ちくらみだと思ったが、それにしてはおかしい。膝に力が入らず、視界も霞む。


――ははは……は


 先ほどの声が鮮明になってきた。やはり、鴉の鳴き声なんかじゃなかった。これはもっと違う、聞いちゃいけないものだ。ぼんやりとした視界の中、それだけははっきり俺の目に映っている。
 それは、赤い服を着た小さな女の子だった。こちらには背を向けているので表情は分からない。


――きゃははは!


 ああ、少女の笑い声がする。それはどうしようもなく無邪気で、無垢。頭に直接響き渡る。頭痛がする。吐き気どころか、気づけば嗚咽が漏れている。胃の中、違う、内臓がうねる。本能が警笛を鳴らす。ここにいては駄目だと。しかし、体は言うことを聞かない。遂には吐き出した。胃の中の物を全て。胃液すら出ないほどに。それでも止まらない。何が? 声が? 
 そして、目の前の世界はぐるぐると回り、一瞬で暗転した。