無題


 こいつは僕の相棒だ。いつも温かく僕を迎えてくれる。家に帰って最初にお前のところに行くんだ。僕の言うことを聞いてくれる。お前のことが大好きだ。

「好きだ」

 言葉にしてみた。返事は無い。当たり前か。まだ誰にも本気で言ったことないんだぞ。お前が初めてなんだ。この意味が分かるか? お前には分からないだろうな。
 虚空を眺めて自嘲する。お前には感情があるのか?
 頬擦りをしてみる。ひんやりとした部分、ふかふかとした部分。いろんな感触がする。
 僕を抱く温もり。最初は冷たいんだけど、すぐにごめんとばかりに温かくなる。そういう尖がったところも好きだ。
 今夜もお前と僕二人きり。

「知ってるか? 今日はクリスマスなんだってさ」

 クリスマスが何か知らなそうだな。僕が教えてやるよ。

「クリスマスってのは聖なる日のこと。誰かの命日らしいんだけど、ごめん、忘れちゃった。日本ではそんな死んだ人のこと気にせずに恋人たちが共に楽しく過ごす日なんだ」

 この言葉にも何も反応しない。少しは反応してくれたって……。あ、今少し熱くなった。ははは、かわいい奴だな。

「今日はな、ちょっと奮発してピザの宅配を頼んだんだ。勿論二人分。たくさん食べるぞ」

 人は今の僕の姿を見たらなんと思うだろうか。いや、なんて思われたって構わない。人は人、自分は自分。他人のことを気にして自分を蔑ろにしたら、それはとてもつまらない人生だと思う。僕は僕だ。

「僕は僕……か」

 胸を張って人前でそんなことを言えるはずないなと思うと、急におかしくなった。僕って内弁慶なんだな。

「あ、そうだ。クリスマスにはクリスマスを題材にしたたくさんの歌があるんだ。この前CD借りてきたし聞こうか」

 リモコンの電源ボタンを押しコンポの電源を入れる。入れっぱなしにしておいたCDが回り始める。静かな部屋に流れる旋律はどことなく寂しくて、紡がれる言葉を聞いているだけで泣きそうになった。それを誤魔化すように僕は喋った。

「この歌は別れたはずの恋人を、来るはずもないのに約束した場所で待ち続けるっていう悲しい曲なんだ。待ったって誰も来ないのにね」

 目を瞑り頭の中にその光景を思い浮かべる。
 誰も来るはずのない待ち合わせ場所、周りには幸せそうな恋人たち、景色に溶け込むように動かない独りっきりの自分。吐く息は白く、コートとマフラーをしていてもジッとしている自分には刺すような寒さは少し辛い。はあ、と息を手にかけ寒さをしのぐ。ふと視界を何かがよぎった。冷やりとした何かが頬に着く。なんだろうと空を見上げれば、そこには舞い落ちる白い雪。去年のクリスマスもこんな雪の日だったなと思い出し苦笑する。あの日は二人だった。貰ったプレゼントは今も首に巻いている。僕があげた指輪は今どこにあるんだろう。まだその手で輝いていてくれれば嬉しいと思う。雪が段々と強くなる。世界は真っ白で、まるでこの世界にはお前一人なんだって言われているみたいで少し悲しい。マフラーに顔をうずめる。少しだけ、君の匂いがした。


――ぶわっ

「あう、あう……」

 自分で考えといてめちゃくちゃ悲しくなった。とめどなく涙があふれてくる。無駄にリアルに考えてしまった。そんな経験、自分には一つも無いっていうのに。泣いてる僕をお前は何も言わずに抱きしめてくれる。温もりを与えてくれる。

「お、お前はいい奴だな。やっぱり僕にはお前しかいないよ……。お前だけいれば十分だ」

 やっぱり返事はない。その返事の代わりにチャイムが部屋に鳴り響く。たぶんピザが届いたんだろう。財布を手に玄関へと向かう。
 扉を開けるとサンタの格好をした兄ちゃんが立っていた。手には四角い保温パック。先にピザを貰い、一度部屋に戻りそれを置く。再び玄関に戻り御代を払う。お釣りがでないように丁度で。

「ありがとうございました、メリークリスマス!」

 笑顔で去っていくサンタ。ピザを運ぶサンタってなんて夢が無いんだろうと思う。電話一本で飛んできてくれるお安いサンタクロース。こんな姿を子供が見たら泣くぞ。いや、今時の子供はサンタなんて元々信じちゃいないかもな。
 部屋に戻るとチーズの芳ばしい香りが僕した。それが脳を刺激したようで、腹の虫が鳴く。食器棚からワイングラス二つ、冷蔵庫からはシャンパンをそれぞれ出す。シャンパンのビンを手に持つと少し胸が高鳴った。シャンパンの栓を抜くのはいつだって緊張する。指でコルクを力の限り押し出す。ぽんっ、という小気味良い音と共に栓が抜けた。栓は天井に当たった後、壁を跳ね返りどっかにいってしまった。それをぼーっと眺めていると手に冷たい感覚。シャンパンの泡が溢れてきていた。慌ててティッシュでふき取る。
 少しドタバタしたが、気を取り直して二つ並んだグラスにシャンパンを注ぐ。これで食事の準備は万端だ。さあ、乾杯しよう。

「じゃあ、聖なる夜と温かいお前に乾杯!」

 甲高い音が響く。BGMがふいに変わる。僕の一番好きな曲だ。アップテンポな演奏に楽しいイヴの日を歌った詞。一口でグラス一杯を飲み干す。アルコールが入ったせいか、その曲のせいか分からないが気分が高揚したのを感じる。お前と一緒のこのクリスマス。きっと悪い夜にはならないだろう。今も僕を抱きしめるお前。さあ、夜はこれからだ!

「そうだよな、コタツ!」

































 超さみしい……。









○あとがき
きっと君はこなーい、の君がまずいない。
まず、別れるという段階を踏めない。
メリークリスマス。