東方修行SSS『続new world』


 カーテンから差し込む陽光。ほとんどと言っていいほど日の光の入らない紅魔館で、この部屋は南側に陣取られ、ちゃっかりと大きな窓が設置されていた。朝になれば太陽の挨拶が目に入る。その部屋のベッドにもぞもぞと動く人影がひとつ。
「んふぅ〜。……朝?」
 その人影は、部屋の主と思われる少女、紅美鈴であった。カーテンの隙間からこぼれる光に目を細め、一瞬黙考する。そして、手を伸ばしカーテンの隙間を埋める。どうやら二度寝をしようという魂胆らしい。
 再びまだ温もりの残る枕に頭をのせ、第二の眠りへと向かうべく目を閉じる。おやすみなさい。
「ん〜、ほんめいりん」
 ふと、聞き覚えのある声が耳元からした。まだ寝ぼけているのだろうか。きっと空耳だろうと思い、気にしないことにした。
「ん、んあっ、めいり〜ん」
 また耳元から声がした。しかも、今度はどことなく艶っぽさを含んでいた。恐る恐る閉じていた目を開き、声のしたほうへ錆付いた機械のような緩慢さで顔を向ける。そして、そこには視界いっぱいに広がる自分の上司の安らかな寝顔があった。
 時が止まる。
 そして、永遠とも一瞬ともつかない時間が過ぎる。少し働き始めた頭で考えを巡らせる。
 何故、ここに咲夜さんが? どうして私のベッドに? ていうか、夜明けのコーヒー?
「ほんめいりん、……ほんめいりん」
 何度も聞こえる「ほんめいりん」という言葉。それは自分の本名であり、悩みの種であった。彼女の悩み、それは本名を中々呼んでもらえないことであった。そんな悩みを打ち消してくれるかのように連呼される「ほんめいりん」。
 こんなに名前を呼んでもらえたのは初めてだ。美鈴の心は幸福で満たされていた。しかし、今はそれどころではない。何故、咲夜さんは私の名前を呼んでくれているのか? そして、何故同じ布団にいるのか?
 うんうん悩んでいると「ん〜」と咲夜が寝返りをうった。はだけるシーツ。ちらりと覗き見える素肌。どう見ても咲夜は服を着ていなかった。所謂すっぽんぽん。ベッドの下を見れば、そこには脱ぎ捨てられたメイド服。そして、下着も。
 瞬間、フラッシュバック。美鈴の頭の中に次々と涌いてくる昨夜の出来事。艶かしい情事。「ふふふ」とか笑ってる自分。ほんめいりん、ほんめいりん。
「あ、あはははは」
 自然とこぼれる乾いた笑い。取り返しのつかないことをしてしまったという思いに押し潰されそうになる。
 だが、そんな美鈴を無視して時間は進む。そして、美鈴はひとつの結論に達した。
 うん、死のう。
 とか、美鈴が決心した時、まるで見計らったかのようなタイミングで眠り姫が目を覚ます。
「ん、ん〜……。ふぁ〜」
 彫刻のように固まる美鈴。これからの自分がどうなってしまうのか。想像しただけで怖ろしい。死ぬよりも辛い毎日が待っているのかもしれない。
 目を開ける咲夜。
 顔を背けたくても、金縛りになったように動かない体にちょっぴり涙が出てくる美鈴。当然目が合う。
 これまでの生きてきた中で最高記録になると思われるほどの量の冷や汗が出る。もう、ぶわっと。とりあえず、笑ってみる美鈴。咲夜の反応はというと……。
「おはよう、美鈴っ!」
 これ以上ないほどの極上の笑顔。そして、きゅっと美鈴の腰へと巻きつく。
 美鈴は気が気でなかった。
 きっとここから鯖折りされて、腰骨バキバキになってこの世とおさらばだ、とか思っていた。
 しかし、彼女の予想に反して咲夜はそれ以上力を込めることなく、ただただ美鈴に抱きついていた。
「美鈴っていい匂いがするのね」
 その態度が逆に怖かった。こうなれば白黒はっきりつけてやるぜと、思い切って聞いてみることにした。
「あ、あのっ、咲夜さんっ!」
 思いっきり声が裏返った美鈴だったが、そんなこと気にしている場合じゃない。
「なーに?」
「あ、あの、私まだ生きてていいんでしょうか?」
「うふふ、おかしな美鈴。そんな質問は無しよ」
「あ、じゃあ、やっぱり私……」
 死ですよねと心の中で呟く。
「だって、私はもうあなた無しでは生きられない体にされてしまったんだから」
「はぁ?」
 咲夜はメロメロになっていた。
 ごろごろと猫のように美鈴に頬擦りをする咲夜に、美鈴はとりあえず命が助かったという事実に感謝をした。


「美鈴の体やわらか〜い」
「あんっ」


  <マジおわれ>



正直すまんかった!
いや、マジで!