世界は今日も



 ずっとこの世界が退屈だと思っていた。何にも変わらない。変わらないものなんて無いと誰かは言った。じゃあ、この世界は本当に変化しているのか? 証拠を見せろ。寝て、起きて、たまにバイトに行く。そんな毎日。ほら、つまらない世界だろ。
 だから、僕は願ったよ。ちょっとくらい変化があってもいいじゃない? そう思って悪いことはないでしょ。思想の自由は憲法で保護されてるんだから。だから、ほんのちょこっとおもしろい世界を求めていたわけなのよ、僕はさ。でも、自分からこの世界を変えようなんて尊大な野望は持ち合わせちゃいない。めんどくさいし。勝手に変わってくれることを希望します、世界さん。


 まあ、こんな僕にしては哲学的な願いを神様は叶えてくださったようだ。ちょっとだけ変わった僕の世界。でもさ、変わる時は変わるよって教えてくれてもいいんじゃない? 心の準備が必要でしょ。まあ、あまり驚くほどのものでもないけどさ。
 んで、具体的に僕の世界がどう変わったか。実に簡単だ。簡単すぎて物足りないぐらいだ。中途半端なんだよ。


 まあ、その、なんだ。朝起きたら、世界は真っ赤でした。


 どう赤いかって言うと、赤色のフィルターを被せられた感じ。最初は目から血でも出てるのかと思った。病院行かなきゃって。でも、今は金がないからやめておこうと結論に至る。それから何もせずうだうだしていたら、真っ赤な世界ぐらいのほうがおもしろいかもと思い始めた。よかったよ、赤色が好きで。そうでもなかったら今頃発狂しているだろうに。もしかしたら、もう正気じゃないのかもしれない。
 どうやら他の人に聞いても世界は赤色ではなく、何も変わらず今まで通りらしい。少し困ることと言えば信号ぐらいだ。今では慣れた。第一、僕の移動手段で最も速く走れる代物と言えば、チャリンコさんですから。自動車なんていう高尚な文明の利器なんてものは僕には似合わない。嘘。金も免許もないだけだ。
 そんなこんなで社会の底辺こと、フリーターな僕は特に仕事で支障をきたすこともなく、世界が赤く染まっても平々凡々、のらりくらりとバイト生活をおもしろみもなく続けていた。


 まあ、こんなのもいいんでないの?


 三ヶ月も過ぎると、新しく手に入れた世界にも飽き始めた。色が変わっただけで他には何も変化はない。結論、ちょっと目に悪い退屈な世界。
 暇だなぁ。つまんねぇ。退屈だ。なんかおもしろいこと起きないかな。起きて欲しいな。ていうか、起きろよ。なんでもいいからさ。僕、待ってるから。
 願いとは強く念じれば叶うものらしい。僕は今、それを体感している。
 強く念じた翌日の朝、真っ赤な世界は終わりを告げた。代わりといっちゃなんだが、これからよろしくな、青い世界。


 状況は前とそっくりだった。色が違うだけ。芸がないなぁ。あと、僕青って嫌いなんだよね。寒そうじゃんか。季節は夏が好きなのよ。冬嫌い。
 しかし、色だけ極寒の世界は建国早々に潰れることになりましたとさ。三日もすれば飽きる。飽きたらまたフィルターの色が変わった。今度は黄色だ。もう、驚かなくなってる自分が悲しい。
 大体分かってきた。僕が願えば世界は変わるらしい。僕限定で。CTスキャンでもしたほうがいいかもしれない。気が向いたら行こう。


 それからは毎朝起きるたびに色が変わるようになった。原因は不明。いや、調べてないから不明なだけだけど。


 毎日変化する世界。気付けばそれが普通になっていた。だって、毎日変わるんだ。ルーチンワーク。そんな単語が思い浮かんだ。


 この日は少しだけ違った。白、黒。所謂モノクロ。そんな世界が待っていた。白黒の世界には今までで一番落ち着く感覚を覚えた。
 なんでこんなに落ち着くのか。僕にはその理由が分かっていた。簡単だ。この世界はとても平和だからだ。この世界に生きる全ての人間は白と黒で出来上がっている。ほら、これなら人種差別もなくなる。色なんて些細なことに囚われた哀れな人間ども。僕はそれを超越した。


 結局、僕は望んでいたのかもしれない。何も変わらず、退屈で、どうしようもなくつまらない世界。
 なんだよ。前と変わらないじゃないか。
 そう思う僕の面の皮には、苦笑い、そんな表情が張り付いていた。ああ、僕はなんてつまらない人間なんだ。自覚した。自分の面白みの無さを。
 その日は、一日中家から出ることなくひたすら眠った。何にも見たくなかったから。この世界は落ち着く。だけど、自分を見てるかのようでむかついた。


 次の日、僕の世界は真っ黒に染まっていた。
 何も見えない。ずっと闇が続いている。しかし、モノクロの世界の上を行く快適さを誇っていた。
 醜いもの。綺麗なもの。そんな全てを見なくて済む世界。永遠不変。真っ暗な闇が僕の体を温かく包み込む。
 そうだ、挨拶が遅れた。


 はじめまして。


 さようなら。