Full marks/Kanon/ほのぼの

 あの町を出てからもうすぐ三ヶ月になる。
 イチゴ大好き、猫にまっしぐらな眠り姫のいとこもいない。たいやきを食い逃げする幼馴染のうぐぅもいない。アイスを強請る元不治の病持ちもいない。毎晩悪戯をしにくる狐もいない。超能力を使う無口な年上もいない。
 そう、つまり俺は今……自由だっ!
 大学に進学する時、俺は前の町の大学を選んだ。偏差値が丁度俺には合っていたし、知り合いもいる。そして、なによりあいつらがいない。あいつらには内緒で受験したのだ。あの時の俺の隠密っぷりは世界屈指だっただろう。
 あいつらが俺に好意を寄せていたのは分かっていた。ていうか、好きって言ってくるし。俺もあいつらといるのは、いろんな意味で楽しかった。毎日爆笑。でも、あいつらの誰とも付き合う気は無かった。そりゃ、あいつらの見た目はかわいい。はっきり言って日本女子の中でもトップクラスだと思う。しかし、俺は見た目かわいくても、あんな妙チクリンな奴らの誰かと付き合うなんてごめんだ。やっぱり彼女は普通の子がいいよな。うん。
 大学に入って、三ヶ月経ち、元からの知り合いもいたし、簡単に友達もできた。彼女はいないけど。だから、俺は待っていた。アレの誘いを。そして、遂に俺が大学に来て一度はやってみたかったアレの誘いがきたのだ。待ちに待ったアレ。

「相沢、お前合コンしたいか?」


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 待ち合わせは、街に七時。現在時計の短い針は六と七の間を指していた。そろそろ準備をして行こうか。服装はジーンズにTシャツ、その上にシャツを羽織る。あんまり気合を入れた格好をするのも、なんとなく気恥ずかしい。髪は軽くワックスでセットする。俺の髪型は前髪長すぎとか、夏には暑苦しいと評判の髪型だ。……少し前髪を上げていこう。さてと、行きますか。
 住んでいるアパートから街へは徒歩約二十分ほどだ。今出たら五分前にはつけるかな。
 待ち合わせの場所に着いた時には男連中は全員来ていた。遅いぞ、とか言うから俺が遅れたのかと思ったが、お前らが早過ぎなだけだ。中には今まで見たことも無いアクセサリーをつけている奴もいた。
 そうか、俺ももうちょいオシャレしてきても良かったな。まあ、ダサくなけりゃいいか。
 んで、女の子達はどこにいるんだい? ん? いなくね?

「ごめーん、遅くなって!」

 そう言って女の子三人組がやって来た。あれ? 三人って……。

「おい」

 幹事の腕を肘で突付く。そして、小声で呼びかけた。

「俺達四人じゃねえか。一人余るぞ。そんなこと聞いてなかったって」

 俺の質問に対して、幹事の奴も四人と聞いていたらしく少し焦っている様子。俺達が焦っている様子を見て、女の子のリーダー格らしき子がもう一人は後で来ると教えてくれた。なんでも急にバイトが入ったらしく十分ほど遅れるそうだ。
 んー、バイトかあ。大変だな。俺バイトしてねえからわかんねえや。
 待ち合わせ場所に立っていてもどうしようも無いので店に移動することに。移動した店は飲み屋とまでは言わないが、酒もあるし、騒いでもいい、そこそこ広い、となかなか合コンにはいい雰囲気の店だった。
 店に着いた俺達はとりあえず飲み物を頼む事にした。遅れてくる子の分も勝手に注文しておいた。十分ほどの遅刻ということで、その子が来るまで待つことにした。その間、なんとなく沈黙。こっちは全員合コンは初体験。何をすればいいか分からないのだ。
 そして、何故か俺がなんか会話しろと命令された。俺が一番遅くに来たからという理由らしい。理不尽な。いつかお前らは殴る。

「き、君達は合コン初めてなん?」

 うわ、噛んだ。しかも、君って……。

「あ、うん。皆今日が初めてだよ」

 リーダーっぽい子が俺の質問に答えてくれた。

「へえ。俺らも今日が初めてでさ、ぶっちゃけ何やればいいかよくわかってねえんだ」

「ふふ、正直なんだね、えーと……」

「あー、俺相沢、相沢祐一

「祐一君か、よろしくね」

「あ、ああ」

 今回の合コンの相手はすごいぞ。皆かわいい。しかも性格よさそう。これで俺もあいつらから真に解き放たれる時が来たのだ。絶対彼女作ったるでぇ。

「あ、ごめん電話だ」

「あ、どうぞどうぞ」

 ああ、何故俺はこんなに腰低いんだ。この合コンという状況、俺にはどうやら特殊すぎるようだ。

「もう一人の子来たみたいだよ」

「お、マジで?」

「うん、その子ね、すごく綺麗なんだよ。期待しててね、ふふ」

 綺麗……。このかわいい子にして綺麗と言わしめる。ふっ、期待大だぜ。

「あ、来たよ。美坂さーん、こっちこっち!」

 美坂さんっていうのか。……まさかな。あいつは合コンなんか来ないキャラだ。ていうか、あいつがこっちの大学来てるなんて聞いてないぞ。まあ、ここの国立なら日本でも三本の指に入るレベルだからな。

「ごめんね。遅れちゃって……えっ?」

 美坂さんが俺のほうを見て驚く。げっ! やっぱり、香里っ! いくらなんでもこれは奇跡過ぎるぅ! いくら俺のあだ名がミラクル相沢でもだ。くっ、こ、ここは忍法他人のフリだ!

「じゃ、じゃあ、全員そろったし、じ、自己紹介しようか!」

 そう声を張り上げて言う。ていうか、美坂さん。ずっとそっちから視線を感じるんですけど。

「おい、相沢の番だぞ」

 なんだか俺が戸惑っているうちに男の自己紹介は終っていたようだ。

「あ、と、俺は相沢祐一です。えっと、今日はよろしくお願いします」

「相沢君かあ。相沢君出身どこなの?」

 てめえ香里、今まで質問とかしてねえじゃんか。くそっ。

「ここが地元ですよ。美坂さん」

 にっこり笑顔で返答する。

「相沢は二年の二学期までこっちいてそれから北国に引っ越したんだよ」

 てめえ、余計なこと言ってんじゃねえぞ!

「へえ、あ、美坂さんも北国出身じゃなかったっけ?」

「そうよ」

「つ、次そっちの自己紹介な!」

 香里のやつ、何が言いたいんだ! あれか、名雪に言うとかそういのうか! やべえ! このままじゃ、あいつらに俺の居場所が割れる! 
「私は美坂香里です」

 気付くと女の子三人が自己紹介を終らしていた。やべ、聞き逃した。落ち着けー、落ち着くんだ、俺っ!

「自己紹介終ったし、何する?」

 おい、幹事。聞くなよ。てめえ考えとけや。

「質問とかしていいかしら?」

「あ、それいいね。さすが美坂さん!」

 幹事は香里狙いか。てか、全員香里狙い?

「相沢君は彼女いるんですか?」

 俺ピンポイント! 全員に聞けよ! ああ、まるで香里が俺狙ってるみたいじゃん。あ、香里さん、今すっげえ嫌な笑顔した。俺の彼女ゲット作戦を妨害する気か。上等だ。

「いません」

「ふーん。じゃあ、今まで何人に告白されたんですか?」

「……さ、されたことないです」

「えー! 五人くらいに告白されてそうなのに! びっくり!」

 ご、五人とか言うな! マジでむかついてきた。ふっふっふ。逆襲してやる。

「……じゃあ、こっちも質問していいか?」

「あら、どうぞ」

「美坂さんはいくつなんですか?」

「え? 十八だけど」

「えっ! マジで? 俺絶対年上だと思ったよ! サバ読んでる?」

 言った! 言ってやった! 

「読んでないわよ!」

「バイトやってるんだってね。大変だなー。何のバイトしてるんですか?」

「き、喫茶店でウェイトレスです」

「えー! 俺絶対お水だと思ったよ! 髪もウェーブだし!」

「なっ! ふざけないでよ! あんたみたいな女たらしにお水とか言われたくないわ!」

「だ、誰が女たらしだ!」

「あら、自覚ないの? タチ悪いわね」

「くっ! うっせえシスコン!」

「ば、馬鹿! 誰がシスコンなのよ!」

「お前こそ自覚ないのかよ」

「違うわよ! わ、私は妹思いなだけよ!」

「はっ! 一度俺栞に相談されたんだぜ。お姉ちゃんの私を見る目が怖いって」

「なっ!」

「お前家じゃすげえ息荒いって言ってたぞ。はぁはぁ言ってるってな」

「う、うるさいっ! アホ沢!」

「アホ沢言うな! バ香里!」

「ふ、二人とも落ち着いて!」

「あっ」

「あっ」

 周りがひいてるのが分かった。

「あ、あははは。さっ、誰か他にし、質問無いかな? ドンドン答えちゃうよ!」

 笑って誤魔化す。つーか、誤魔化せてねえ!

「じ、じゃあ、質問」

「はい、どうぞ!」

 変なテンションだ。絶対香里のせいだ。

「祐一君と美坂さんは知り合いなんですか?」

「え?」

「はい?」

 多分今の俺の顔はかなりの間抜け面だろう。だって香里の顔がハニワみたいになってるし。きっと同じ顔してんだろうな。

「い、いや、別に俺と香里は、知り合いとかそういうのじゃなくて」

「そ、そうよ! 初対面よ!」

「でも、祐一君、いきなり香里って呼び捨てだし」

「あ、く、癖なんだ! 女の子は下の名前で呼ぶのが!」

「も、もう、相沢君は馴れ馴れしいなあ!」

「はっはっは、香里が親しみやすいんだよ!」

「でも、祐一君、美坂さんの妹の話とかさっきしてなかった?」

「え? あ、ああ、気のせいだって、それ」

「そ、そうよ! 私に妹なんていないわ!」

「そう?」

「「そうっ!」」

 俺と香里の声がハモる。

「あやしいー」

「お、俺トイレ行ってくる!」

「わ、私も!」

「あやしいー」

 トイレの前まで行き、香里のほうに振り返る。

「……久しぶりだな」

「そうね。三ヶ月ぶりかしら?」

「こっちの大学来てたんだな」

「相沢君もね。驚いたわ」

「俺も」

「誰にも言ってなかったしね」

「なんで?」

「わからない。一人になりたかったのかも」

「ふーん。まあ、俺もそうかもしれない」

「でも、偶然って怖いわね」

「ああ、怖すぎる」 

「でも、なんで他人のフリしたの?」

「いや、名雪達に伝えられたら困るし。あいつらから逃げるためにこっちの大学きたようなものだし」

「で、他人のフリ?」

「うん」

「やっぱ、アホ沢ね」

「うっせ」

「別に名雪達には言わないわよ。さっきのは久しぶりだったのに他人のフリなんかするから、からかってやろうと思っただけよ」

「そうか。ちょっとお水は酷かったな。ごめん」

「別にいいわよ。ずっとそういう目で見てたの?」

「そ、そんなことないぞ」

「でも、まさか、合コンで相沢君に会うなんてね」

「ああ、香里が合コンに出るなんてな」

「人数あわせよ」

「俺は本気だったけどな」

「なんの本気よ」

「彼女ほしい」

名雪達が聞いたら泣くわね」

「あいつらといるのは楽しいけど、付き合うって考えは出てこないんだよ。やっぱ彼女は普通の子がいいよな」

「まあ、あの子達が普通じゃないのはわかるわ」

「それに、ちょっと執着心がありすぎるんだよ。俺に。俺もっとサバサバした子が好みなんだ」

「へえ、初耳よ」

「ああ、香里なんか丁度いいな。一部アレだがサバサバしてるし」

「一部アレって何よ。でも光栄ね。私も相沢君のこと好きだもの」

「え、マジ?」

「どちらかと言えばよ」

「なんだそれ?」

「まあ、好きだって言ってるんだから素直に受け取っておきなさい」

「はいはい」

「はい、は一回でいい」

「はい」

「素直でよろしい。さあ、早く戻りましょ。怪しまれてるし」

「そうだな。今日は本気で彼女探しにきたんだし」

「相沢君はどの子狙いなの?」

「ああ、名前香里以外聞いてなかったからどの子狙いとかは無い」

「……呆れた」

「しょうがないだろ。お前が来るからテンパってたんだよ」

「人のせい?」

「うるさいなあ」

「しょうがないわね。そんなに彼女欲しいなら、私がなってあげてもいいわよ?」

「は?」

「聞いてなかったの?」

「いや、聞いてたけど……」

「じゃあ、答えは?」

「……んー、じゃあ、二人で抜け出すか?」

「それが答え?」

「答えになってないか?」

「うーん、三十点」

「ひでえ」

「あら、これでも甘くしたほうよ」

「はあ、三割で?」

「ふふふ」

 香里が笑いながら俺の腕に抱きつく。

「三十点満点よ!」